【マーケの種74】味覚も嗜好も変わる③

(承前)

香港でラーメンの人気が本格化した大きなきっかけのひとつは、日本旅行ブームです。 LCCの就航や円安、SNSによる情報の流通も手伝って、多くの香港人が気軽に日本を訪れるようになりました。旅行先で「本場のラーメン」を体験することで、ラーメンに対するイメージが塗り替えられていったのだと思います。

「しょっぱい」よりも「旨味がある」、「濃い」よりも「コクがある」。 実際に食べることで、味の構造やスタイルに親しみを覚え、帰国後に「またあの味が食べたい」と思う人が増えていきました。現地での体験が、嗜好を変化させるきっかけになったのです。

さらに、地元資本による和食チェーンの登場が、第一次ブームを支えました。回転寿司やラーメン専門店など、香港人の味覚に合わせてアレンジされたメニューが受け入れられ、和食が「手が届くもの」として定着していったのです。

その後、日本企業が本格的に香港へ進出し、第二次ブームが訪れます。一風堂、一蘭、山頭火など、名前を聞いたことのある有名店が、現地にそのままの味とスタイルを持ち込むようになりました。行列ができる店もあり、「ラーメンを食べに行く」という行動が、週末のアクティビティとして定着していきます。

面白いのは、こうした流れのなかでも「出前一丁」は変わらず家庭にあり続けていることです。外で食べる本格ラーメンと、家で食べるインスタントラーメン。それぞれの役割と立ち位置が明確に分かれ、共存しているのです。

ラーメンは、いつのまにか「濃すぎる」料理から「安心できる味」へと認識が変わりました。味覚は、体験と時間によってゆっくりと形を変えていく。それは、文化の受け入れ方そのものと、どこか似ているようにも思います。

(続)