香港に来てから、私は何度もこの言葉を耳にしました。ある時は学生団体のパンフレットを片手に真剣な口調で、ある時は夕食の席での話題の一つとして。香港である、香港人である、というアイデンティティは、ここではとても重要で、それに関しては非常に気を使います。
特に、英語で話をする場合、かなり言葉を選びます。それは、英語では「中国」と「中華」を区別できないからです。日本語や中国語では、「中華文化」といえば中国、香港、台湾の、ごくまれには日本や韓国やベトナムの、共通した一つの文化を指すことができますし、「華人」といえば、中国人・香港人・台湾人、もしくは華僑を指すことができます。「中国人」といえば、(少なくとも香港では)中国に住む人だけを指します。しかし英語では、どちらもChineseなのです。そして香港の人は、Chinaという言葉に非常に敏感です。漢字やお茶や武道のような「中華文化」が好き、と言うとき、「Chinese culture」が好き、というと、相手は確実に、ちょっと微妙な顔になります。こういうときどうするかというと、私は広東語で複雑な会話はまったくできないので、I like Chinese culture, I mean, “中華文化”. と、英語と広東語のちゃんぽんをすることになります。これはけっこう格好が悪いので、広東語をもっと勉強しないとなと思います。
とはいえ、Chineseという言葉に対する認識はかなり微妙なところがあるとも感じます。私自身の感覚では、「漢字」を「Chinese character(中国の文字)」と言うのは誰も気にしないようです。そもそも広東語であろうが、日本語であろうが韓国語であろうが、「漢字」=「Chinese character」である、というのが国際的に定着した英訳だからです。それから、香港では話し言葉は広東語でも書き言葉は中国語で、「中文」という単語がそれに対して使われるというのも理由の一つでしょう。
…と、細かい区別についてわかった気でいた先日、夕食の席で「Chinese food」はやっぱりおいしいね、と話し、見事に地雷を踏みました。「もしかして、香港は中国だと思ってる? 香港は中国じゃない」と。そもそも言葉の問題ですから、受け取り方は人によってそれぞれでもあると思います。香港人の友人が、「Chinese soup」だよ。とスープを勧めてくれたこともあります。しかし、どの言葉を使うのがふさわしいのか、少し悩んでみるのが、ずっと日本で生活してきた私にとっては、グローバル感覚を理解することに近づくのかな、と思います。