【マーケの種72】味覚も嗜好も変わる①

今でこそ、日本のラーメンは香港の街にすっかり定着していますが、最初から歓迎されていたわけではありません。 かつて、日本のラーメンは「塩辛すぎる」「味が濃すぎる」と敬遠されていました。香港人の味覚にはあまり合わず、外食として選ばれることも少なく、日常の食卓にはなかなか入り込めなかったのです。
当時、日本料理そのものが今ほど一般的ではなく、「日本の料理は全体的にしょっぱい」という印象が先行していました。ラーメンに限らず、味噌汁も煮物も、醤油の存在感が強い料理は“濃い”と感じられていたようです。 そのため、街中にラーメン屋が並ぶような光景はなく、ラーメンはどちらかというと「特別な料理」でした。日本出張帰りの人が「本場のラーメンを食べた」と話すような、ごく限られた場での話題。ラーメン専門店もほとんどなく、日本料理といえば、鉄板焼きや懐石風の高級レストランが主流でした。値段も高く、特別な日の外食として選ばれる存在だったのです。 そんななかでも、すでに香港に“日本の味”を持ち込んでいたのがインスタントラーメンの「出前一丁」でした。袋を開けて、鍋で煮るだけ。ごまラー油の香りとしっかりしたスープは、家庭で手軽に楽しめるものとして愛されてきました。とはいえ、出前一丁はあくまで家庭の味。外食としてのラーメンとはまた別のものでした。 味覚は固定されたものではなく、時代や暮らしの変化とともに、じわりと変わっていきます。日本のラーメンが香港に根づいていくまでには、いくつかの小さなきっかけと、時間の積み重ねがありました。その話は、また次回に。 (続)